子供と大人

22:23から。

これも修行か。

諸々が大変なのだが、僕が「たらす」人が、まともな人で、返してくれる割合が増えてきた気がする。

僕は普通に仕事をしただけで、そんなに「やってあげた感」は無い。

こちらは会社人だもんで、雇用主の規定内でしか動いてあげてないのに、お客様から、「良いハイボールがあるから受け取って」と。リアルタイムで白州のハイボールを飲んでいる。

たしかにこりゃあ美味い。

僕は、ウイスキーに関しては、暗がりの時代にただ酔って寝る為に飲んでいたから、ちょっと距離をおいていたのだが、久々に美味しいウイスキーを飲むと、暗がりとは無関係で美味しい。

暗がりというか、何かを忘れたいという方向でアルコールを飲むのはほんとうに身体に悪い。こういう方向で飲んじゃうと、酔いは夢と変わらないから、現実では何も動かない。

まぁ、ノンアルコールでも、自己劇場に酔っぱらっている人も居る。

アルコールに浸ったら、「本性が出る」と良く言われるけれど、アルコールに浸ってなくても、当人に泥酔している人は、他の人のことが自分劇場のなかでしか観測できない。

お仕事の話なんだけど、昨日、てんちょーから、「忙しいのは誰も同じなんだから」と言われたとき、こいつ、終わっているなーって思った。

「忙しさの量」って、誰でも同じ訳が無い。

それをいっしょくたにしている世界認識がもう終わっているというお話し。

個人が認識できる世界って、めっちゃ主観。

クオリアの話を読んでいて、そもそも視野の段階で、人は見たいものしか見ていない。

これを踏まえても、世界は客観と思える人は、きっともう他から成長できない完成された人なんだろうな。

完成している人って、世界が完結しているから、お話しができない。

完成していると思い込んでいる人って、自分の人生が正しいと思ってしまっているから、それが違うよって言われても認識できない。

もうちょっと書きたかったのだが、強制終了。

生活上の残務が多い。

おやすみなさい。

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