生きてる

22:20から。

帰りは雨だったもんで、バスで帰った。

折り畳み傘を久々に使う。夜の暗がりで、手元が見えなくても、なんとなく開くスイッチは同じようなところにある。

あまりに当たり前だが、この人間の「ざっくり概念として把握する能力」って、結構稀有なのだろうなと思った。動物の学習と同じ感じだが、たぶん、もっと広い。

デジャブとか、直感とか呼ばれるものだが、新しい出来事でも既知と準えることができるのは、かなり凄い能力だなぁって。

例えば、新規の料理のレシピでも、使ったことがある食材、調味料だったら、なんとなく味が想像できるとか、新規のドラマ見ていたら、なんとなく次の流れが想像できるとか。

いや、これはどうなのだろう。

僕がたまたま、料理と読書を継続しているから読めるだけかもしれない。

まぁ、人間の凄さをちゃんと有効活用しているということで。

さておき。

お仕事は虚無。

満月さんに、僕が休みの日に案件を進めてないことに対してすっとぼけて「お客様がストレスたまっている」と言われたエピソードを話したら、「1つ言えることは、僕が売上に集中できるようにしてください」って言ったら、という感じの回答があった。

たしかに。

僕、一昔前、クレームが多くて本社から目を付けられていた時期があった。

この時期、休日出勤しまくりだし、休みの日に連絡が来まくっていた。

たしかに僕自体が拙い面があったのだが、今となってはそうじゃないと解釈できる。

スタッフ個人への不信感だったら、沸点が低い人しかクレームを上げない。

「組織としての対応不備」がクレームに繋がっていたと思われる。

スタッフが拙いときに、店長とかの上層部がフォローに来ないとか、スタッフが休みの日にスタッフの案件での問い合わせを放っておくとか。

このネグレクトでクレームになったとき、我が店舗のてんちょーは「あなたのせいだよ」と言う。なんなら、口頭で「俺の仕事増やすなよ」とか言われる。

書いていると、思い出すというか、タイムリープするな。

その時の状況に今自分が居る気分になる。

このとき、てんちょーも、経年女子も全く助けてくれなかった。

あぁ胃がめっちゃ痛い時期。

で、助けてくれたと認識する事象もあったのだが、今想えば全然違う。

おそらく、自分の権限とか職位にダメージがありそうになったときだけ動いているだけ。

で、今、クレームはほとんどない。

それは何故かというと僕が、経年層はそういう人達だと学習して調整できるようになったから。

経年層に仕事が行かないようにセーブしているし、仕事が行ったとしても、あいつらの既知の部分しかない。

金曜日に1日休んだら、たまたま細かいお客様のメールが来ていたのだが、金曜日に出勤して権限がある人達がこのメールを1日放置したため、回答無いですかって追いメールがやってきた。最終的に、「緊急!」みたいな表題のメールがやってきてしまう。

てんちょーも、経年女子も読んでいるはずなのに、この案件に対して、雑談していても全く触れない。色々見ているし他人事話すの大好きな人達なのに、逆に怖い。

なに、僕が休みの1日、存在していないのか?

当人達、落ち度を把握しているから存在していないものとした無意識なのか?

話しても、初見みたいな会話になった。
いや、読んでない訳なくない? こわ。

これでクレームになってしまっていたら、僕のせいにされるのが我が店舗。

経験則。

こんなんじゃあ、売上に冒険することを制限するしかない。

助けて欲しいのじゃなくて、ちゃんと仕事しろよというだけ。

経年層がこんな感じの世界観だもんで、新規の冒険ができる訳が無い。

僕は問答無用で冒険しているけど、結局、経年層のネグレクトに足を引っ張られるから、制限付きで冒険するしかない。

要は、お話しにならない人達。

お話しになる人は、自分が間違っているんじゃないか、本当は知らないんじゃないかという自己認識がある人。経年層、僕が当人達の本質を突いたらどうなるんだろうか、いや、やったところで、僕の栄養になる訳でも無いからやらない。

楽しくないもの。

やれやれ。

人のほとんどは無意識であるという定義からすると、記憶している事象よりも、記憶していない環境の方が、当人の人格を左右している。

環境として情報が氾濫していると、意識的に選択しているという意識自体が無意識に支配されているということに気付けない。

例えば、テレビのニュースをずっと受動的に流していると、世界には不安があるということになる。自分とは無関係な事件ばかり流れていると、体感より情報として世界は治安が悪いという感覚になるから、事象の捉え方が悲観的になっちゃう。

僕はもうテレビを辞めちゃった人なので、テレビで流れている話題にはついていけない。

ただ、体感としては、それほど世の中捨てたもんじゃないなというだけ。

そういえば、十二国記の最新刊。

面白いんだけど、まだまだ当初の物語に戻っていけていないもんで、調整中。

当時、読んでいたところのどの国とどの時系列なんだろうと模索。僕は主人公のヨウシが好きだったもんで、この本でも出てこないかなと。

僕のファンタジー小説の3つの指に入る。

設定が現実と似通っているのが面白い。

十二国記と、獣の奏者エリンと、守人シリーズ。

ファンタジーって、おそらく単なる娯楽ではなくて、無意識に収集される環境でありそう。

現実をどう感覚するかにおいて、どれだけファンタジーを収集しているかによって、器が変わりそう。

自分の知識(経験)からありえないことをどれだけ受け入れられるか。

眠いのでここまで。

おやすみなさい。

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