感度

22:41から。

ほんとうにちょっとしたこと。

昨日の夜、肉詰めを作るとき、行動に移るまでに時間がかかった。

洗い物が残っているから、みたいな外在的な理由ではなくて、内部的な動力の話。

やる気を動力としていないし、体調不良がほとんどないという自己モニタリングでも、何か重い。

寝付きは気絶だから良いとして、目覚める時間も早かった。

仕事の日中も、やたらと眠い。

仕事の調子は良いのだが、自分の調子が悪いと結論付ける。

別にスピリチュアル界隈の話でも無い、いやあるのか。

自己モニタリングを常にしているもんで、理由は何ぞやと反芻すると、昨日書いた日記の内見した物件が、事故物件だったからという説が浮かび上がる。

僕は、霊感と呼ばれるものは無いしあんまり気にならない質なのだが、人の気分を察するのは敏感だから、この延長で、ちょっと共鳴しちゃったのかもなと。

1週間くらい発見が遅れて、全部設備やらなんやらを入れ替えたとのこと。

でも、お客様と内見をしていて、お風呂場がねー、変な感じだった。

何か残っている感じ。

というのを持って帰ってきたみたい。

まぁ、感度上がって世界が拡がったなというくらい。

ごめんけど、残ったものは背負えないよという感じで、日本酒と粗塩を入れたお風呂で清めたというくらい。

こういうのは五感の延長であるという立場。

あんまり感度上げていくと、余計人が多いところに行けなくなるのだが、これは仕方ない。

もとに戻るだけ。

さておき。

仕事の話を書こうと思ったのだが、全然変化が無いから、スケッチするところが無い。

僕はてんちょーの所作を学習して微細に変化している。

本日の応対も、てんちょーが言えって言ったことを冒頭に採り入れたら、上手くいった。

だから、てんちょーの能力自体は、受け入れている。人間性はともかく。

僕、自分も世界も結構モニタリングをしている。

意志とか誘導とか関係なく、こいつは何するんだろうなって自分を観測する視点があるもんで、自分がしたいことをしているみたいな感覚ではなくて、結果的に、あぁそれが貴方がしたいことだったのねみたいな、ちょっと他人事的な感じ。

自分が自分で生きているという感じで生きている人にはあんまりワカラナイと思うけど、僕は変人だもんで、そんな感じではあんまり生きていない。

負荷がかかると喜んじゃう。

だから、なんかしんどい人生を構造化してしまう。

ここで言う構造化は、まさに自作自演。

という話を書きたかったのだが、これを書くと、結構な界隈でダメージを受けそうな感じ。

まぁ良いか。ダメージを受けるかどうかは当人の劇場の問題。

どんな関係性の中でも、「相手がしてくれない」と感じたとき、なんで、自分が理由であると思えないのか。

僕は、基本的に世界に期待していないし、勝手に動くだけだから、あんまり「相手が動いてくれない」ということは考えない。この水準だと、きっとあんまり誰もついてこれないし。

例えば、てんちょーの店舗運営の話。

犬型新人とか僕が仕事しないと言うのだけど、その視界に自分が含まれていない。

その世界に自分が居ないはずはないのに、自分が影響しているという認識が欠けている。

下から見れば、この人、自分の意志で仕事してなくて、気分によりけりだから、どれだけ下が仕事ができたとしても、きっと世界に満足できない。

あと1つの例は、満月家。

お母様もお父様もなんだかんだ優しいもんで、子供たちの生活力不足をそのままにしている。文句はないけど、たぶん当人達、自覚があるような気がする。

細かく言うと、自分の生き方によって世界が決まっている。

自分が世界に対してどう振る舞っているのかによって、相手の振る舞いが変わる。

僕はちゃらんぽらんでだいたい受け入れ型。

ただ、いい加減、僕のことを蔑ろにする人を受け入れる器とか時間を使う必要は無いよなと思っている。

ここまで。

おやすみなさい。

トップへ戻る