22:23から。
気分が悪い案件が2件。
僕の成長は、気分が悪いことに対して、自分の中でちゃんと「気分が悪い」と顕在化できるようになっていること。ちゃんと気分を害せる人になった。昔は、自分が悪かったのだなという感じで抑圧していたのだが、そんな訳ねぇ、人はそれぞれだわと今は想える。
別に、気分が悪くなった対象に対して、僕の都合良く動いて欲しいとか、僕の世界を理解して欲しいとかは無いので、単にフェードアウトするだけ。
今の時代波長が合う人と過ごせる時代なので、あんまり気にしなくも良い。
相手を蔑ろにしている訳では無い。単に、世界がズレただけ。
どちらの案件も僕が怒る「不誠実」と「想像力の欠如」で言うところの後者。
想像力の欠如って、割とどうもしようがない。だって、その人の人生劇場がそうなっているから。僕としては、ここを移動できるのは、「読書」か「溝に落ちる」。溝は上手い具合にパラレルワールドに繋がって居る。
2つ目は書かないと思うから、1つ目を細かく。
本社から強いられているもんで、嫌々とてんちょーと個々のスタッフの面談がある。
本当に風通しがある職場だったら、雑談で収まるようなタスク。無駄。
てんちょーと、経年女子の面談を、漏らしたがりのてんちょーが僕と犬型新人との3人のタイミングで話してくる。ほんとは駄目だと思うのだが、経年女子としてはてんちょーを通して言っておきたいんだろうなと。
曰く、「スタッフの成長が感じられない」と。
このフレーズを聞いた時点で、非常に気分が悪くなった。
控え目に表現しているけども、実態としては、「腹が立った」。
そもそも「成長」という概念の話から。
僕は、他人に対して、「成長した」とか「育った」とか、こういうおこがましい評価はあんまりできないのだが、この語彙、どういう了見なんだろうと思っている。
子育てしているんだったらまだしも、と思いつつ。
「成長」という表現って、すんげぇ他人のこと見下してないかという説と、この表現、自分が最終地点になっているという説。
要は、主観的世界における、自分に届くかどうかというお話。
こういう言葉を遣う人は、自分の感知外での変化は死角になる。
ということを踏まえて、面談で「スタッフの成長が見られない」という経年女子のおこがましさについて語る。
経年女子は僕が入社してから今に至るまで、彼女の語彙を使うと全く成長してない。
僕の語彙だと、「この人世界、化石のように全く動いていない」。
で、何をもって成長なのかもよく分からない。
僕の世界だと、僕はこの仕事で学習しまくって変化しているし、犬型新人だってできることはどんどん増えているという観測なのだが、それでも「成長してない」と言われたら、貴方、目が化石化してるんじゃない?としか思わない。
僕が腹立たしいのは、変化していないのは自分なのに、この認識を、スタッフが「成長していない」と他責にするところ。
スタッフが成長していないと認識されるのは、貴方がちっとも変化していないからだわと。
目が老眼になっていることに自己認識がないから、自分はできているというメルヘンの世界で生きている。
まずもって、自分が変化し続けている人って、他人の成長をいちいち気にしない。
変化していない人ほど、他人が自分の世界とズレていることが気になる。
僕は経年女子に、成長していないと言われたことに対して、とっても気分を害したのだが、酔っぱらっても冷静な人格なので、この人の人格、そうやって他人が足りないという認識で暖を取らないと生きられない可哀そうな人なのだなと認識した。
なんか、自分は仕事場で価値があると思い込んでるのだが、僕としては、権限があるだけだから、「チェンジで」で良い。他に権限がある若手の方が全然使える。
権限と資格によって、自分の立ち位置があると思うのは良いのだけど、これって結局歯車だから、それによって椅子を取っているとか、自分の存在価値があると思えるのがメルヘン。
実際、経年女子がなんらかの理由で長期休暇を取ったとしても、社内では全然補填できると思う。なにせ、お客様に向かう職位ではないから。なんで自分が女王様と思っているのかがよくわからん。
僕とか、犬型新人が長期で休んじゃうと話が変わってくる。
お客様に向かっているし、雑談で共有できてないから、仕事が滞る。
ほんと、ここ、くそだと思っている。
何が上司かって。犬型新人を店舗でできる案件で休日出勤をさせたのは、未だにカチンときている。
要は、こんな感じなのに、何が成長かというお話。
まじで、お前ら、何してんの、と。
僕は、もっと楽しんで仕事したいし、犬型新人にもさせたいのだが、この老人層が、いちいちねちねちできてない、できてないと呪詛を投げて来るのがほんとキモチワルイ。
楽しさって変化だから、変化できなくなったら、しんどさしかない。
2件目も書いておくか。
こちらもほんと気分を害した。
母親から電話がかかってきて、真面目な話があるというもんでなんだろうと思ったら、母親の認識では、僕がアル中間際の、社会生活を送れていない飲んだくれということになっているらしい。
いや、待て待て。
たしかに、僕はストレスでお酒を飲んでいる時期もあった。
その時には、お酒を飲み過ぎて遅刻をしまくるとか。この時期は、ほんとにアル中ギリギリだったと思う。肝臓が強いもんで、人格が破綻するまではいかなかったけど。
いや、人格はそもそも破綻しているか。
破綻してても、他人に自分の承認を求めない性根で良かった。
んで、母親の中では、アルコールをいっぱい呑む人は、アルコールをいっぱい呑んで退場した父親のフラッシュバックから、僕も父親に準えて退場するのでは思っている。
僕の認識では、父親が退場したのは、お酒じゃなくてストレス。
何処にも味方が居なくて、ストレス的にお酒を飲むしかなかった。当時の状況はよくワカラナイのだが、僕としては、僕の母親、なんで父親の味方になれなかったんだろうと思う。
こういうフラッシュバックを刺激するような発言をしたのが、満月家のお母様。
とても気分が悪い。
僕としては、いつでも飲んでる訳では無くて、飲めるところでのんでいるだけ。
仕事中に飲みたいとも思わないし。
それでも、お母様的には駄目らしい。
なんか心配になるとか。
この気持ちは分かるけど、僕はもう、他人の人生劇場にそんなに付き合わないということを決めているから、もう、お暇だよなと。
縁はもちろん大事だけど、縁の中には、合うとか合わないとかあるから、仕方ない。
お母様にとって、僕の存在が見るに耐えないなら、もう満月家の実家には行けない、というだけ。
好きとか嫌いじゃなくて、波長というか人生劇場の繋がりというか。
ここまで。
おやすみなさい。