気分で生きることの弊害

23:09から。

お仕事がトラブルのバイオリズム。

厄介事が次々と舞い込んでくる。こういうの処理するの実は楽しんでいるのだが、真剣に遊ぼうとするときに足を引っ張ってくる存在が嫌なんだなと、ふと思った。

個人的に、お仕事ってというか、人生って遊び場みたいなもんで、それぞれの場のルールというか、因果関係に則った上で、どれだけ遊べるか。

あんまり裏口とか抜け穴とかは探さないのだが、あくまで真剣な遊び。

「真剣な遊び」という概念も良く分からないと思うが、要は、この劇場において「自分がどれだけ使えるか」みたいなRPGめいたイメージ。

最近弁当を毎日作っているもんで、このイメージを思い出した。

僕、かつて、このイメージで自分を行使していたなと。

すんげぇ金欠というほどでも無かったが、夜ご飯の自炊と弁当がルーティーンになっていた時期が数年あって、どうせ毎日しないといけないことなのだから、楽しむかという毎日試行錯誤する精神だった。

変に高じて、パートのマダム達とか専任のポンコツバイト達に、お弁当を多めに作って振る舞うなどしていた。卵焼きとか、酢豚とか、唐揚げとか、スイートポテトとか。

この時、美味しい、美味しいと皆様食べてくれてたのだが、ここで起こった精神症状は、決して「自己肯定観」では無かった。僕の遊びを垂れ流したら、喜ぶ人も居るのだなというくらい。食についてはやりがいがないという意味で、ここはあくまで生活の領域なんだろうなと、今となっては思う。

僕の食は、あくまで個人的な領域の延長でしかない。

なんか、日々やっていたら得意になってしまったという意味では「好きなこと」ではある。

継続してきた分、外食で美味しかった料理なんかも食材とか調味料が許す限り、だいたい再現できる。これは才能ではなくて、知恵みたいな領域。やっていれば勝手に引き出しが増えるだけ。

これは、今のお仕事にも言える。

知識として持ってなくても、なんとなくの感じを掴んでなんとかする。

上層部、この感覚が無いように見受けられる。

全然真剣に遊んできてないんだなと。

てんちょーも経年女子も、「真面目」をはき違えている気がする。

真面目に遊ぶっていうのは、「自分」を操作対象にして、その場においてどれだけ自分を「使えるか」を模索することであって、主観の中で努力することではない。

努力の時代では無くなったと、僕が流しているYouTubeで良く流れているのだが、僕の人生劇場はどの時代でも「努力」では無かった。外から見れば努力と言われる時代もあるのだが、「努力」の概念って、「苦労」とか、「自分がしたいことを蔑ろにする」感じの美談っぽいのとセットだが、僕の遊びの人生を美談に解釈されても困るなと思う。

僕、別に、誰かどうでも良い無関係な人に認められるために生きて無いしなぁ~って。

ここから、僕を不自由にさせる人達。

てんちょーと経年女子は、この職場長いくせに、いや長いからか、もはや僕が言うところの「真剣な遊び」ができなくなっている。

長いから、もう自分を仕事場の操作対象として認識しておらず、自分が職場を観測している、みたいな、神様の視点になっているみたい。

僕としては、てんちょーも、経年女子も、居なくないといけないのは権限だけであって、別に人として居なくてはいけないとは思わないし、めちゃくちゃ互換性があるようにしか仕事してないんだなと。

真剣に仕事場で遊べない人には、こちらが気を遣わないといけない。

だって、個人のプライベートの人格を持ってきて、気分で仕事するから。

あー、気持ち悪い、というノイズ。

僕がトップだったら、気分で仕事しに来る人も使うんだけど、僕が下だから、上層部の気分で仕事しているのに付き合わないといけない枷がある。

気分で仕事している人が上に居るデメリットは、職場のルールが、上層部の気分によって左右されること。ここが、僕はほんと気持ち悪いし、気分が悪い。

ちゃんと、仕事くらいしろやと思っている。

仕事って気分でするもんじゃないし、人生もそう。

職場として、上層部が気分で仕事をすることの悪影響の話。

気分で仕事の指示が上下左右する職場にやってきた新人が何を学習するか。

じゃあ、自分も「気分」で仕事して良いんだとなる。

僕は気分を仕事に持って行っていないからこの気分で仕事することを学習はしないんだが、仕事振りも報連相に対する指示も一定ではないのがめんどくさ過ぎる。

僕の人生劇場、めんどくさい人と関係してきたから、いちいち嫌いにはならないけど、個人的に仕事にならないと思っている。

真剣に仕事で遊びたいときに、気分とか常識で、なんかブレーキをかけるというか当人の世界観に留めたいような指示をしてくるノイズ。

マジで、仕事しに来ているんだったら、気分でやるなよ。

気分で仕事して良いのは芸術系だけだわ、と。

もっとお前らを歯車として使えと。

こういうのは、人として成熟しきれてない証左。

僕は子供みたいな振る舞いをするんだが、この意味では成熟しているから、他人から承認欲求を取集しなくて良い。その為に生きてない。

もうこんな時間なのでここまで。

おやすみなさい。

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