感度良好

23:51から。

まだ身体の芯に眠気が残っている。

でも、いつも如く、この時間は至高なので省略するのはもったいない。

なんだか、僕の中でタガが外れているからか、僕の世界に登場している人の本性がさらけ出されている気がする。

本日もぽんこつ職場。

てんちょーが休みだから経年女子が仕切って朝礼していたのだが、朝からぽんこつ。

すんげぇ高尚な感じで話すのだが、余りに実(じつ)が無くて、聞いている振りしながら本日の仕事を始めていた。犬型新人にはスルーがバレて、笑いをこらえていたらしい。

うんまぁ、「茶番」、もっというなら「新喜劇。

経年女子はてんちょーのこと嫌いな癖に、朝礼の仕方を倣っているみたい。

他にやり方知らんのかな。

僕が想う、この職場での朝礼は、皆さんのスケジュールの確認が7割。

ほんとに皆が有能だったら、この確認をすることによって、その人が居ないときにも職場が回るようにできるはずなのだが、経年3人衆があまりにぽんこつだから、単に、「今日の私たちの予定はなんですか」みたいな話にしかなっていない。

経年トップ2は、僕と犬型新人に対してお前らの仕事大丈夫か?と聞くだけ。

そう、聞くだけ。もう一回言いたい、聞くだけ。

あとの3割は、本社からの申し送り事項とか、スタッフのモチベーションアップ。

ここは連動しているから、センスが問われる。

経年女子は、「営業は数字だから」というフレーズを本日の朝礼で3回使った。

センスが無い、というか、それを言われてモチベーションが上がるような人材は、いまどきには居ない。

数字だと良いながら、てんちょーほど把握していないから、その大事な「数字」というか「数値」をごまかしながら話す。ここに気付かない僕達ではないから、この人が一体何を話しているかがワカラナイ。情報でもないし、表現でもない。

僕は「営業」は数字じゃなくて「人間」の時代だと思っているし、スタッフには数字は後からついて来るという感じで操縦した方が良いと思っている。言葉だけしか使えないんだったら、もっとモチベーションを上げるような言葉を遣わないと。

本社が店長に投げている指示を、全部投げてくるてんちょーはおかしいってこの人言っているのに、いざとなったら、おんなじような朝礼しかできないという。単なる同族嫌悪である。

あんまり文句言うと、「代替案が無いのに文句言うな」みたいな感想が起こりそう。

なので、僕が上層部だったら、という朝礼のストーリー。

まず、本社から求められている「数字」自体は、共有した方が良いから、それは話す。

ただ、それに対して、「足りてない」とか「頑張ってない」みたいな評価はしない。本社から評価されているのは、店舗であって個々のスタッフの責任では無い。むしろ運営側の問題だから、その責任を個々のスタッフに投げつけるのは、スタッフからしたら、給料外の話。

「営業は数字じゃなくて人間だ」という流れで、前の週にスタッフができたことを朝礼で褒めるとかもアリ。うちの上層部、自分でいっぱいいっぱいだし、人ができたことに全く興味が無いから、数字でしか褒められない。こんだけ長く一緒に働いているのに、そんだけしか把握してくれてないんだって下から思われたら、店舗のモチベーションの低下の要因になる。

僕だったら、前週にスタッフが新しい仕事したら、そこを盛大に褒める時間も作る。

だって、単純に凄いことじゃん。「新しいこと」って、老若男女問わずエネルギーを使うから、大変じゃん、店舗のために大変なことをしてくれてありがたい、という世界観。

で、褒めらないんだったら動くしかないんだけど、我が店舗の経年層は求めるだけで動かない。経年女子が店舗のモチベーションアップをさせる唯一の手法は、事務作業は私がやるから、スタッフは売上に向かって下さいっていう行動で示すことなのだが、この人、気分を仕事に持って来ているから、これすらできない。

1例。朝礼で当月の売上が足りないって言っていて、ちゃんと売上を作ってきた犬型新人が、手続きの事務作業をフォローしてもらって良いですかって言ったら渋るという。

支離滅裂過ぎて気持ち悪くないか。

求めている癖に、自分の仕事として降りかかってきたら、嫌がる上司、なんで仕事ができていると思えるんだろう。経年女子、もうお姫様気分で仕事を選べるような仕事年齢じゃないんだけど。

僕は、普通に行動で助けることができるもんで、あんまり褒めることをコントロールとして言葉にしないのだが、それでもまぁまぁお客様に好かれている。僕と飲みたいという人がお客様に居るのだが、この人はアリだから、友達になってみようかな、とか。

ここで、先日の夜更かしの際、ハッピーマンと話していた、「言葉を信じすぎる人」の話と繋がる。

言葉って、人を拡張する機能があるから、言葉を信じちゃう人って自己認識の言葉がバグっているというか、ある意味宗教化しているんだろうな。自分の言葉が正しいから、人の言葉も信じる、みたいな、空中戦の劇場で生きている。行動より言葉が世界になっている。

まぁこれもアリだとは思うが、僕はあんまり付き合いたくない世界。

この世界の人、あんまりてらいがない話ができないもんで、あんまり面白くなくってきた。

総括をしておきたい。

人が発する言葉の本質って、「世界の描写」ではなくて、「自己の表現」なんだよなと。

僕が徒然と経年女子のことを書いたのは、「この人が嫌い」なのは確かだが、なんで嫌いなのかは、外にある訳では無く、僕の内側にある。

話していても意味が無いなと思うのだが、上司だから一応話しているだけという自分に気付いた。僕が話していること、何にも響かない人と、話すことは何も無い。

はい、もう眠い。

ここまで。

おやすみなさい。

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