砥上裕將 線は、僕を描く
「君の中にある真っ白な世界の中には、命が良く写るだろう?」
自分の中にもある真っ白な部屋。全てが他人事のように感じられる。
自然とは無為に流れる現象なのだからここから見えるものが正しいのかもしれない。
素材そのものの味わい。
剥き出しの心の有り様を墨に乗せて描くことはとても無防備に見える。美しい画を透かすと書き手が何を美と捉えているのかが分かってしまう。どんな芸術もそういうものなのだろうか。凡人の自分は想像することしかできない。この本を読んだことによって水墨画というジャンルを意識することが追加される。インターネットで見つけた水墨画はたしかに白黒なのに彩があった。
真っ白な部屋で過ごしていた青山(主人公)が水墨画を通して世界との関わりを取り戻すというストーリー。師匠のアドバイス。「花に教えを請い、そこに美の祖型を見つけなさい」。作品を描き上げるにあたり菊の美しさと向き合う。ここにあるのは菊が現象として美しい、ではない。これだとすれば墨の線では美は表現できないはず。
人は現実に美しさを感じる。雪景色、満月、海、そして何気ない人の営み。ただし、その美は誰とでも共有できるものではない。同じ現実を見ても何も感じない人は必ずいるのだから。青山が捉えた菊の美は青山の心の中にしかない。「美の祖型」とは人と離れた所にはなく、ただその人が何をもって美とするかという言葉や感情になる前の、「感じ」。
表現者ではない凡人では美を描くことはできない。とはいえ、美の捉え方を磨くことは見倣うことができる。自分の中にある美の「感じ」には鋭敏でありたいと思う。この本も紛れもなく美しかった。